影響を受けた作家が三人いる。一人は立花隆、一人は小田嶋隆、最後の一人は村上…春樹である。最後の一人が隆であったなら、三大隆とかまとめやすくて便利だった。 先日小田嶋隆が亡くなった。私が 20 代のときに大きな影響を受けたコラムニストの一人であった。ラジオ番組に出演していると知ってからは毎週、楽しみに聴いていた。以前に比べてラジオを聞かなくなったが小田嶋隆のコーナーだけは聴いていた。多分、一度も欠かさずに聴いたはずである。 小田嶋隆を知ったのは、 24 か 25 のときで、友人からの「小田嶋隆って知ってますか」という言葉だった。友人が教えてくれた日経ビジネスオンラインの連載コラムを読むと他の人の書いた文章と違う、圧倒的な面白さがあった。コラムというものを楽しんで読んだのは初めてだったかもしれない。いや、コラムを知ったと言っても過言ではない。それ以降、金曜日は小田嶋隆の最新コラムを読むのが私の習慣となった。コラムの題材はほとんど時事だった。導入部で使われるのかオチで使われるのかと言った文章の表現的なところから、またあの時事はどの部分に問題があるのか、その問題を小田嶋隆がどういう取り扱いをするのかと言った内容まですべてが気になり貪り読んだ。読めば読むほど、小田嶋隆の文章の虜になっていった。 そう言えば、ラジオを習慣的に聴くようになったきっかけは小田嶋隆だったということを最近思い出した。小田嶋隆のコラムを知って 3 年後、小田嶋隆がラジオに出演していることを知る。ラジオでも時事を小田嶋隆と他の出演者が喋るという語りのコラムだった。文章で読む小田嶋隆と違い、人懐っこい愉快なおじさんの声を聴いていた。ラジオを通して親しみを感じていた。当時、仕事で移動する時間が多く、移動時間に聴いていた。むしろラジオが聴けるように予定を組んでいた。その時間に聴けないときは、 podcast をダウンロードし聴いていた。最初は小田嶋隆のコラムコーナーばかり聴いていたが、次第にその番組の他の曜日も聴くようになり、他の番組まで楽しむようになっていった。 小田嶋隆の訃報はとても残念だが、訃報についてのツイートを眺めていて、気持ちを変えていくことにした。同じ時代に生きていた小田嶋隆に影響を受けることは貴重だったのではないか。年配世代がビートルズやクイーンの来日ライブの経験...
映画を観たり本を読んだりしていても感想を書くのが億劫だから、もっと気軽に感想を書けそうなラジオやニュースについて書くことにする。主に荻上チキSession。 先週の千葉でのコロナ罹患妊婦受け入れ拒否新生児死亡事件を踏まえて、昨日はコロナ禍の妊娠、妊婦さんについての不安やワクチンどうすればいいのか等の特集だった。 妊娠や妊婦さんについてはとても遠い話であるので、他人事であった。しかし当人にとっては大変だろうと想像した。妊娠なんて関係なくてもワクチンの副反応は怖い。 ワクチンの接種は、やはり自分で判断するしかない。しかし接種すると判断したらそういう方に優先してほしい気はする。 コロナ禍で夫婦のコロナ観の違いが、夫婦関係をぎくしゃくさせているという話をよく聞く。ツイッターではよく流れてくる。多くの場合、妻が夫のコロナ対策のしなさに腹を立てるパターンである。本当にコロナ観は人それぞれである。私なんて日々コロナに対する恐れが違う気もする。こんなだと、私が結婚なり同棲していたとして、離婚や別居などされていたかもしれない。