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6月, 2017の投稿を表示しています

都議会議員選挙2017 予想

2017年7月2日投票、東京都議会議員選挙の獲得予想議席数を出したので、記録しておく。 選挙区毎の立候補者数と定数、候補者の所属政党、推薦支持政党、前回選挙の投票数、現職か新人か、当選回数等の外形的なデータのみを考慮し出した。 おそらく都民ファーストの会が第一党となり、自民党は議席を減らす。公明党は都民ファーストの会と選挙協力しているので強い。民進党は都民ファーストの会に票を奪われほとんど議席を失う。共産党は変わらず。 他の予想では、都民ファーストと自民が拮抗するようである。改めてこの予想を見てみると、都民ファースト強すぎで、自民党弱すぎという印象だ。 恐らく有権者が安倍自民党や都議会のドンに対して不満を表明する選挙になり、その受入票が都民ファーストの会に流れる。この流れに尽きると思う。 そういう意味では今回の都議選は築地市場の移転問題は、あまり関係ない。オリンピック問題も関係ない。具体的な都政それ自体も関係ないかもしれない。 民進党はたぶん終わる。

白鯨との戦い

「白鯨との闘い」を観た。 作家のHメルブィルがエセックス号事故の生き残った乗組員トーマスから話を聞き、それを元に小説「白鯨」を書く。その回想が本編という形式の映画。 エセックス号の沈没は実際に起こった事故で壮絶だ。( NATIONAL GEOGRAPHICの記事 参照) 僕は「白鯨」を読んでいない。本作を観て、上記サイトを読んだだけである。 1819年、捕鯨船エセックス号は北アメリカ東海岸にあるナンタケットから出航する。南アメリカ大陸の南端を周り、太平洋に出て捕鯨を始める。(※パナマ運河は1914年に開通する為、当時は大回りをする必要があった。) ガラパゴス諸島の西の海でクジラの大群を見つけ歓喜するのもつかの間、群れの一頭の白い大きなマッコウクジラ(これが白鯨)に船を破壊される。エセックス号は沈没し、乗組員たちはボートで大海を彷徨う。水と食料は底を尽き、乗組員が死んでいく。残った乗組員たちは死んだ仲間の肉を食べ、血を飲んだ。それだけでも足りず、くじ引きで食料となるものを選んだ。3ヶ月後、他の船に発見された時には、最初20人いた船員たちは数人になっていた。 映画の冒頭でメルヴィルと話すトーマスが心を閉ざしていたのは、仲間を食べた非人道的な罪を犯した後悔の念によるものだ。しかしこの決断なくしては、数人の乗組員が助からなかっただろう。 鯨の捕らえ方や鯨油の取り方など、当時の様子を細かく再現している点は大いに満足できるが、残念な点が多い映画だった。 本作の最大の見せ場は、白鯨と闘うシーンと仲間を食べるシーンであるべきだ。仲間を食べるシーンは映画の表現としては難しいだろうが、本作ではほぼ描かれていないのは勿体無い。 トーマスは妻にさえ心を閉ざすほど罪の意識に苛まれている。そんな彼がメルヴィルに過去の罪を語ることを通して救われていく。これが本作の大きなストーリーである以上、トーマスの罪やその時の心情をしっかり描くというのは重要である。そういう点で勿体無いし残念である。 また、本作の原題は「In The Heart Of The Sea」であるが、なぜ邦題が「白鯨との闘い」なのか。白鯨の存在感は大きいが実際に白鯨と闘うシーンはとても短く、映画の半ばでクライマックスとは言い難い。 この映画のクライマックスは多分、白鯨に船を沈められるシーンではなく、...

ルックオブサイレンス

ルックオブサイレンスを観た。 監督はジョシュア・オッペンハイマー。  1965年に起こった9・30事件(インドネシア大虐殺)を当事者たちに語らせたドキュメンタリー「アクトオブキリング」の姉妹編。 9・30事件はスカルノ大統領(当時)の失脚を目的とした軍事クーデターと、スハルトによるクーデター首謀者と共産主義者への粛清である。粛清の実行部隊として市民団体やならず者が利用され、50万人以上が粛清の対象となった。  「アクトオブキリング」では虐殺した側の人間に、虐殺した当時の様子を詳しく話をさせ、時には動きを混ぜて再現させている。彼らが嬉々として殺人を語る様子は、とても20世紀の市民を見ているようには思えない。僕はこの映画を観るまで、この大虐殺についてほとんど何も知らず、衝撃を受けた。  「ルックオブサイレンス」は、眼鏡技師のアディの視点から描かれている。アディの兄は9・30事件で殺されている。当時、アディはまだ生まれておらず、兄のことは知らない。アディの父は自分の年齢を16才だと思いこんでいるくらいに認知症が進行している。母は当時のことを覚えているが悲しい思い出なので話したがらない。作中にも登場する叔父(母の兄)は捕らえた囚人たちの看守として、事件に加担している。  アディは監督のジョシュアと兄を虐殺した加害者たちに会いに行く。眼鏡を作る為のレンズの調整という名目で、アディの兄のことは伝えていない。アディは眼鏡のレンズの調整をし、世間話を装いながら当時のことを語らせていく。加害者たちは前作同様に当時の様子を嬉々として語る。誰の体のどの部分をどう切りどう刺しどう殺したかを。 加害者たちは、自分たちの国を共産主義者たちから守ったと信じている。二人に自身の武勇伝を語る、その口ぶりからは誇らしさすら漂う。そして一通り彼らに語らせた後、アディは自身の兄が殺されたことを告げる。  アディが告げると、加害者たちは今までの誇らしげな様子から一変する。その殺人は過去のこと、あまり覚えていない、知らなかった、仕方なかった、反省や後悔や慚愧の念に駆られているかの如く。それまで「死者に呪われないように殺した相手の血を飲んだ」と嬉しそうに言っていた加害者たちはアディに許しを乞う者がいる一方で、アディに対して厳しい言葉を放つ者も...