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ポンペイ (バイオハザード)

ポンペイを観た。

「バイオハザード」シリーズで有名なポール・アンダーソンが監督をしている為、たぶんひどいだろうと思って観たが予想に違わずひどい映画だった。「バイオハザード」シリーズは僕が観てきた映画の中でワーストに近い映画シリーズの一つである。1はまだいい。2以降、だらだらと続くストーリーはぶれまくる。毎回、作品の最後には思わせぶりなシーンを入れて、次回作で真相が明らかになる風で続いていくのは観ていていらいらしていた。昨年に7が出てシリーズが終わったということを聞いても、どのような結末を迎えるのか興味はわかない。
「ドーン・オブ・ザ・デッド」や「ウォーキング・デッド」等ゾンビを題材にした、良い出来の作品では、ゾンビが出るという設定以外は現実世界と変わらない世界での話である。しかし、「バイオハザード」シリーズは、ゾンビが出るわ主人公に超能力があるわで、現実世界からグッと離れる。どのようにすれば、ゾンビ作品にリアリティを持たせなくするのかを知らしめた映画として、一見の価値があるかもしれない。いやない。


舞台は恐らくイギリスとポンペイ。紀元62年の世界から始まり、紀元79年のベスピオス火山の噴火の日で終わる。

主人公マイロは剣闘士であり、ローマ帝国に虐殺されたケルト民族の生き残りである。剣闘士の中でもとても強い。当時の剣闘士は奴隷として低い身分だった。マイロはポンペイの商人の娘カッシアと身分違いの恋に落ちる。カッシアはコルヴスというローマ帝国の元老院議員に求婚されていた。コルヴスはマイロの家族を虐殺した敵でもある。

ストーリーは、色々と薄いエピソードがあって最後にベスピオス火山が噴火する。
ベスピオス火山の噴火とその火砕流は、CGで描かれていてなかなか良い。この映画唯一の見どころ。
登場人物は善人と悪人に大別でき、主要な登場人物は全員死ぬが、善人たちは納得して死んでいる。悪人は悲惨に死んで、ちゃんと観客にカタルシスを与えてくれる。というよりこの物語にカタルシスを与えるために悪人は悪行を積んでいたのかもしれないと考えると、真に悲劇的なのは悪人たちなのかもしれない。

登場人物の関係性は詰め込み過多であるのが気に入らないし、長いアクションシーンは必要なのだろうかと考える。
それ以上に、ベスピオス火山の噴火によって街がなくなるという災害だけで、充分悲劇的な話になりえるはずで、ポンペイの街の様子を丁寧に描けばいいと思うのだが、恋愛要素を絡めた方が悲劇的になるだろうという短絡的な発想の下、脚本が書かれたに違いない。未来のある若い男女の恋愛を描き最後にふたりとも殺しさえすれば、観客は涙するだろうという浅はかな映画作りはやめていくべきであろう。

ベスピオス火山の噴火シーンと火砕流が流れるシーンは迫力がある。このシーンを見るだけならば充分な価値があると思うので、この映画を見る人には本格的な噴火が始まる1時間6分あたりから見るという見方をおすすめしたい。

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