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ローン・サバイバー

「ローン・サバイバー」(2013年)を観た。

アフガニスタンの戦争の中でおきたエピソード(実話)の映画化。
以前に読んだ本「これからの正義の話をしよう(マイケル・サンデル)」にこのエピソードが紹介されていた。

アフガニスタン戦争で、タリバーンの指導者の暗殺作戦遂行中の米軍特殊部隊数名が山の中で羊飼いの男たちと出くわしてしまう。選択肢は3つ。

①羊飼いたちを解放するか
②一緒に連れていくか
③この場で殺すか。

①→解放するとタリバーンに通報されてしまうかもしれない。山刈りをされたら少人数の兵士たちでは対処できない。
②→一緒に連れていくのは難しい。
③→非武装の民間人の殺害は軍規的に重罪であるし、あまりに非人道的だ。

悩んで相談した挙句に兵士たちは①解放することを選んだ。そして、このまま任務を続けるのはリスクが高いので、暗殺作戦を中止して救援を求めようとする。現在彼らの潜んでいる森の中では通信機器の電波が届かない。電波の届く場所まで移動しようとするが、途中でタリバーンたちの山刈りにあってしまう。
応戦しながら逃げていくが、多勢に無勢でどんどん仲間が銃弾に倒れていく。
救援を求めるためには障害物のない電波の届く場所へ行かなければならず、それは敵から狙われやすい場所に行かなければならない。それはつまり他の隊員のために一人の隊員が犠牲になるということを意味するのだ。
誰かが先に死ななければ全員死んでしまう。戦闘の中生死を選ばざるを得ない極限状態が続いていく。

激しい戦闘で一人の隊員を残し、他の隊員全員が殺されてしまう。その一人の隊員も万事休すとなっていたところ、別のアフガニスタン人の部族の数名に出会う。
彼らはパシュトゥワーンの部族であった。パシュトゥーンの掟には「敵から追われている者を、自らの命をかけて助けよ」とある。彼らはタリバーンに銃口を向けることになってもその掟の通り、米軍の隊員を守り抜く。

最終的にはその一人の米軍の隊員は生還することができた。しかし生還できてよかったという感動の話ではない。この映画が投げかける問題はとても哲学的な問題を孕んでおり、マイケル・サンデルがハーバードの教室で取り上げ続けるのだと思う。

戦争の現場というのは殺し殺されの現場であるから、目の前の相手が武器を持ってなくてどんなに弱そうに見えても今殺さないと、後に殺される可能性を消すことができないのだろう。今殺すと後に殺される可能性を消せるが、戦争犯罪として裁かれる可能性がある。また自身の生死だけの問題ではなく、他の仲間の生死の問題でもある。

この映画を観ることで改めて現実的な問題として考えさせられる。

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