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ハウス・オブ・カード

「ハウス・オブ・カード」を観た。

Netflixオリジナルドラマ。6シーズンで完結。

2013年のシーズン1以来観てきた。
アメリカの議会運営や政権運営の内幕を描いていて、当時のオバマ大統領や日本の安倍首相も観ていると言っていた。

ケヴィン・スペイシー演じるアンダーウッド議員が裏工作を働き、ジャーナリストを抱き込んだり、他の議員の弱みを握り揺すったり、時には殺したり、自身の権力欲に忠実に行動する。どうしようもない酷い議員ではあるが有能であるが、敵対する相手も同じくらい有能で、いつの間にかアンダーウッドの側を応援してしまう。

米下院の多数党の院内幹事から始まったアンダーウッドは、副大統領となり、大統領を弾劾で追放し、ついに大統領となる。大統領となった後も再選に向け支持率上昇の為に宣戦布告したりするなど、あらゆる手段で権力をコントロールしようとする。

非常に見応えのあるドラマで期待していたのだが、me too運動に伴い過去のセクハラ問題が表沙汰になることで、主演のケヴィン・スペーシーが降板することになった。それによりシーズン6で幕を下ろした。ストーリー上ではシーズン5の終盤で大統領職を追われ、シーズン6開始時点でアンダーウッドは死亡しておりその死因を巡る話となっている。シーズン6での主役は妻のクレアと、忠実な部下だったダグ。

アメリカドラマは終わらせるのは難しい問題があり、人気が出るとだらだら続く傾向がある。だいたい同じ主人公で同じシチュエーションだと起こり得る面白いことで考えつけることなんて限りがあるわけだから、だいたい冗長になる。
例えばウォーキング・デッドなどは、ストーリー上完全に終え時を逸してしまって現在シーズン9となり、主役が代わるようだ。
逆の例で言えば、ブレイキング・バッドは人気のままシーズン5で終了させ、ストーリー上もきれいな形で終わって非常に良かった。

ハウス・オブ・カードの終わらせ方については、主役の死亡という重要なシーンを話の中で描けないというストーリー上のかなりの無理があったものの、ケヴィン・スペーシーの降板という難しい状況の中では及第点と言ったところだろう。これ以上長引かせ(られ)なかったという点も良かった。仮にケヴィン・スペーシーの降板がなくてもシーズン6くらいで終わりでよかった。その際はやはり死ぬシーンが観たかったと思う。

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